赤穂城跡

浅野長直の指示によって慶安元年(1648)から13年の歳月をかけて築かれた赤穂城は、近代城郭史上非常に珍しい変形輪郭式の海岸平城です。藩の家臣で軍学師範の近藤正純が設計し、そのうち二之丸門虎口の縄張は、当時の著名な軍学者であった山鹿素行の手が加えられたと伝えられています。赤穂城跡は軍学に従って築かれた城であり、徳川幕府が始まって約50年後に築かれたにも関わらず、その構造は戦を強く意識しており、複雑に折れ曲がる石垣、角度を違える諸門に特長があります。城地は三方を山に囲まれ、東に千種川、南は瀬戸内海に面し、清水門の南にある舟入は船が出入りできるようになっています。  昭和46年に国史跡指定を受け、平成14年には本丸庭園と二之丸庭園が国の名勝に指定され、文化財の修復・復元はもちろん、都市公園としての整備も進むなど、赤穂市のシンボルにふさわしい城跡として蘇りつつあります。

現在は櫓門の本の丸門、厩口門、本の丸御殿の基礎が復元されているだけですが、当時の御殿の間取りがわかりやすくなっています。

建物跡を床高だけたかくして、コンクリート盤上に部屋の間仕切りだけを示し、板間・座敷間・土間・敷居・廊下・柱・縁などを表現し、坪庭跡には木陰をつくるために中高木を植栽してあります。

大池泉は昭和59(1984)年の発掘調査によって全容が明らかになり、浅野・森時代の姿に復元されています。

Infomation

【見学時間(本丸)】9:00〜16:30(入園は16:00まで)
       年末年始(12月28日〜1月4日)は閉門しているため見学不可
【料金】無料

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