大石主税良金(おおいしちからよしかね) 行年16歳
義士銘々伝より抜粋
大石内蔵助の長男で、義士47人のうち最年少で、15歳で討入、16歳で相果てた。
弟が二人、妹が二人いた。母に似たのか、体は大柄で、若いのに似ず思慮深かった。
凶変の起こったときは、まだ元服もしていなかったから、義盟にも加われなかった。
元禄14年12月かよく15年1月15日に元服し幼名松之丞改め主税良金と名乗った。
討入の時は、吉田忠左衛門を後見に、裏門隊の大将として指揮に当たった。
吉良邸での奮戦中、義士の一人が、抜け穴らしいものをみつけたが、入ることを躊躇しているのを見て
主税は、こんな時こそ私のような少年に、相応の役回りといって、その穴に飛び込んだという。
本懐を達したのち、松平邸にお預けのとき、元禄16年正月5日、隠岐守が一同を引見し
主税に対して、母のことを聞いたところ”昨年、京を発してのちは、一途にこのことばかりを存じつめて
おりましたが、ただ今、懇ろなるご下問を賜り、母を思い出して、懐かしい気がします。”
と、声をくもらせたので、隠岐守もひそかに同情して以降、母を思い出させるような言動はしないよう
留意したといわれる。主税については江戸市中の評判も中々であったといわれる。
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